強くしなやかな国土の形成へ自民党が「国土強靭(きょうじん)化基本法案」の原案をまとめた。東日本大震災の教訓や、首都直下地震や南海トラフ巨大地震など巨大災害の発生懸念を踏まえ、災害に強い多極分散型の国土を形成するとともに、集中的なインフラ投資を行うことでデフレ脱却も図っていこうという内容だ。なぜ今、国土強靭化が必要なのか。自民党国土強靭化総合調査会(会長・二階俊博元経済産業相)や、同調査会のプロジェクトチーム(PT、座長・脇雅史参院国対委員長)で議論を先導してきた佐藤信秋参院議員と、有識者の立場から国土強靭化の必要性を訴えてきた藤井聡京大大学院教授に対談してもらった。
1.「強くしなやかに」がキーワード
佐藤 昨年を振り返ると、本来は3月15日に国会質問に立ち、渇水と洪水の両方への備えを指摘する予定だった。防災対策を議論しようと思っていた矢先に、東日本大震災が発生した。3月20日に福島県相馬市や南相馬市に行って以降、復旧・復興に向けて何をすべきかという問題意識で活動してきた。
藤井 大震災から10日間をかけて、東日本復活5年計画と列島強靭化10年計画で構成する復興計画を考えた。これが「国土強靭化」のきっかけとなり、その後、『列島強靭化論』(文春新書)と『救国のレジリエンス』(講談社)を書いた。
佐藤 復旧・復興を頑張るだけでは駄目だ。藤井先生の話を伺い、「強くしなやかに」という考え方が大事だと考え、自民党として「国土強靭化総合調査会」を設置し、自民党の党是として方向を出すに至った。同じことを言うにも、キーワードが大事と感じた。
藤井 「防災」や「安心・安全」という言葉には力が無くなっている。「強靭化」を大和言葉で言うと「しなやかに」となる。「強靭化」という漢字からは意気込みが感じられ、英語では「レジリエンス」となり、アカデミックな雰囲気も出てくる。
「強靭性」は「つぶれること」が前提であり、完全に破壊はせずに回復するというのが「レジリエンス」だ。致命傷を負わずに、被害を最小化し、すぐに回復するという三つが条件であり、リアリティーのある概念ではないか。
2.国家的観点から巨大災害に備え
藤井 「国家強靭化」を主張してくれる政党が政権を担うべきだ。大規模な財政出動や金融緩和、国土の建設、BCP(事業継続計画)の展開、防災教育、メディアとの連携による国民との対話を徹底的にやることで、初めて日本が強くなる。
佐藤 東日本大震災の復旧について言えば、われわれは昨年4月の段階で補正予算が少なすぎると主張していた。「国が責任も費用も持つから、やれることをしっかりと何でもやってくれ」というメッセージをすぐに出さないと、現地は混乱するだけであり、これも教訓だ。国の出先機関を広域連合に移譲する話が出ているが、むしろ国の能力を強化しなければならない。広域災害という非常事態への国民保護法も用意すべきだ。
今回の地震被害とこれから来る大地震を考え、「日本は何をしているのか」と世界各国が思い始めている。強くしなやかな国土にしてこそ、世界中が「なるほど」と思うだろう。
藤井 ただ、どれだけの議論を積み重ねても、どこかのメディアが「土建国家に逆戻り」と言うだけですべて流されてしまう。政府と国民の両方に「強靭化」が必要だと分かってもらわなければならない。
佐藤 地震発生後すぐに「くしの歯作戦」で救援ルートとなる道路を啓開したが、世の中にどれだけ理解してもらっているのか。公共事業や建設産業が災害から故郷を守っていることをもっと広報しなければならない。
一般政府公的固定資本形成のGDP(国内総生産)に占める割合は、日本では一時期6%を超えていて、高過ぎると攻撃されていた。しかし、今は下がっており、(ピーク時の)半分になった=図1参照。一方で、ほかの先進国は増やしている。
出典:OECD・National Accounts、米国商務省・National Economic Accounts
日本の値は内閣府平成21年度国民経済計算(確報)
平成17年の英国のIgについては、英国原子燃料会社(BNFL)の
資産・債務の中央政府への承継(約145億ポンド)の影響を除いている。
藤井 緊縮財政は、日本国家全体ではなく、日本国政府という一部の秩序だけを保つことになる。政府は、国家全体の財布と秩序を考えるべきではないか。政府が国民を見ずに自分の財布だけを見ているのが最大の問題だ。
国土強靭化にいくら必要かを考え、200兆円という数字を積み上げた。日本は、かつて630兆円の公共投資をやろうとしていた国だ。年間20兆円で10年間という規模の公共投資がやれないはずがない。
佐藤 われわれは「事前復興」と言い始めている。05年に米国が大型ハリケーン・カトリーナに襲われた際、20億ドルの投資をしておけば、2000億ドルの被害は発生しなかったと言われている。新潟県では大河津分水で洪水被害が抑えられ、その効果は水害1回当たり2兆〜3兆というオーダーだ。
藤井 戦後55年体制や東西冷戦があり、日本はそれなりに安泰に高度成長を遂げてきたが、冷戦が終わり、バブル経済も崩壊し、さらに震災が来た。黒船が来た時代とそっくりだ。明治政府のように富国を目指さなければならない。
ただ、当時は軍事的脅威があったので「強兵」を図ったが、現在の脅威は、軍事よりも大地震だ。必要なのは強靭であり、日本が滅びないよう「富国強靭」を成し遂げるべきだ。
3.一極集中から地方分散に
佐藤 自民党では今、国土強靭化基本法案を検討している最中だ。広い範囲をカバーする法律にしようと議論している。これは単に「公共投資をやりましょう」ということではない。エネルギーや情報通信、サプライチェーン、外交まで含めて、国家そのものを強靭化しなければならない。今こそ、世界に向けて「レジリエンス国家宣言」をすることが必要だ。
藤井 「レジリエンス」は21世紀の世界的キーワードになるのではないか。08年のリーマンショックへの反省から、経済のレジリエンスも重視されている。日本政府も、防災・減災だけでなく、すべてを含めて考えてほしい。
佐藤 国土強靭化基本法案には、国境離島や地方分散の議論も入る。「地方で公共投資をやれ」と言うと、「都会に集まる税金を地方にばらまくのはおかしい」と言われるが、実は、近代国家日本をつくったのは地方なのだ。明治初期、東京は国税の2.5%しか負担していなかったのに、北陸4県だけで9.0%も納めてきた。東京から大阪までのメガロポリスをつくるために、地方が国税も人材も供給してきた=図2、図3参照。
佐藤信秋事務所調査資料を基に作成
佐藤信秋事務所調査資料を基に作成
大震災の危機があるのだから、備えをしながら、代替性のある拠点をそれぞれの地方につくっていかなければならない。地方ごとの交流を活発化させる必要があり、東京中心を見直すべきだ。しっかりした地方分権が今こそ必要だ。
藤井 国民に応援してもらえれば、日本は強靭化し、デフレも脱却できる。ここがものすごく大事だ。公共投資の重要ポイントは、投資をしてから供給量が上がるまでにタイムラグがあるということ。投資をすると需要は伸びるのに供給は伸びないから、デフレギャップが埋まることになる。民間投資の場合は、需要が上がってもすぐに供給も増えるのでデフレギャップが埋められない。
レジリエンス国家宣言は、国内にも大きな期待を産む。デフレ脱却には国家レベルの「男気」がなければならない。その男気が、地震を乗り越えて明るい未来をつくるのだ。
国土強靭化基本法案
自民党は、東日本大震災の教訓や南海トラフ巨大地震など大規模災害の発生懸念が高まっていることを踏まえ、ハード・ソフト両面から粘り強い国土を形成することが必要と判断。そのための基本理念を示すものとして、国土強靭化基本法案の制定へ向けた作業を進めている。国土強靭化総合調査会のプロジェクトチームで原案が取りまとめられており、23日の同調査会で提示される予定だ。
同法案では、国土強靭化に向けた基本的な方向性や、国や地方自治体など行政の責務を規定する。さらに、国などが同法に基づく基本計画を策定する流れが想定されている。社会資本整備重点計画など省庁単位の基本計画よりも上位の位置付けとする方向だ。
6月初旬の国会提出を目指しており、実現へ向け与野党間の協議に入っていく。